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脱・その日暮らし、頑張らないで知恵を出す。桐野昭二が答える、気になるニュースをわかりやすく。
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    聞き飽きた言葉 続、安全安心・本当・普通−言葉の力を見つめ直す
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      今日は前回の聞きたくない言葉ということで、再発防止を挙げました。

       

      でも、それだけではなく、私が普段聞きたくないと思っている3つの

      言葉をお話ししたいと思います。

       

       

      その一つは「安全安心」です。

      これは、不安があるから使われるのでは

      ないでしょうか。

       

      安全安心と唱えたり祈ったからといって不安が無くなるわけではありま

      せん。

       

       

      二つ目は「ほんと」ということです。

       

      これは日常的に使われていますけど、

      相手が言っていることが本音ではなくてうわべだけの言葉、それに対して

      「ほんと」ということを疑っていると言うことが、まるでその言葉の意味

      とは別に日常的にほんとほんとが繰り返されています。これも今の言葉が

      生きて使われてない、そういう証ではないでしょうか。

       

       

      三つ目は「普通」です。

       

      普通という言葉が当たり前のように使われ、常識という言葉と裏表で使わ

      れているのではないでしょうか。

      でも、私たちは、普通というようなスタンダード、基準を本当に持ってい

      るのでしょうか。

       

       

      私は疑わざるを得ません。

       

      むしろそこにあるのは個性がなくて、集団化されて社会の中でみんな飼い

      慣らされたような日本人、平均的な日本人が周りを見て、特に自分に自信

      を持てないから、周りをみてそれを拠り所にして普通という言葉を安心の

      材料に使っているのではないでしょうか。

       

      こういう風に見てくると今ある日常の使いたくない言葉が3つも4つも出

      てきました。

       

      じゃあ、本当にそこにあるものは何なのでしょうか。

       

       

      私は一言の言葉で言うと、それは主と言うことだと思います。

       

       

      これまでもお話ししてきましたが、主作物としての稲、主食としてのご飯、

      そして、家族の中で主人と主婦と言う言葉が使われてきました。これが日

      本人の中心的な言葉です。

       

      自らが主である、自分の人生は自分で生きる、主として生きる、その主が

      失われていることに今の言葉の聞き慣れた言葉が出てきているのではない

      でしょうか。

       

      ですから、大事なのは日本人が自らを主としてもう一度見つめ直し、日本

      人とは何かということの中心に主をおく、主という言葉をもう一度考えて

      みる必要があるのではないでしょうか。

       

      それが、日本人とは何かということに対する私の答えです。

       

       

      JUGEMテーマ:国際社会

      | 伊予次郎 | 日本を切り開くために | 11:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
      大阪地震に御見舞−自然体で対応し「主」の自覚を
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        今朝8時前に大阪・近畿で大地震があったようです。

        震度6弱ということで、この前の熊本・東日本、古くは阪神大震災もあり、

        まさに日本が地震列島だということを思い起こしました。

         

        今度の近畿の大地震では、

        私の知人の子女や家族が住んでいる方もいらっしゃいます。

         

        私の古くからの知人・友人で近畿地方に今も在住している人も

        少なくありません。

         

        心からお見舞い申し上げます。

         

        何よりも生きることが大切です。

         

        冷静さを保ちながら、敏感に事態に対応できるよう祈っております。

         

        地震に関連して、更にいつ何が起きるかわからないときに、

        いかに自分が対応するのか、

        今日は地震とも関連してそのことをお話したいと思います。

         

        世界は激動の時代です。

         

        地震とともに、ご存知の朝鮮半島でも劇的な時代の変化があります。

         

        しかし、ひるがえって我が日本を見ると、

        引きこもりとその場しのぎがまさにそれでいっぱいになっています。

         

        この日本は一体何が問題でこういうことが起きているのか、

        事件が起きるたびに、再発防止だ、聞き飽きるほど言われていますが、

        これを一体どこに原因があるのか、

        そのことを日本人が知ること、

        それによって地震に限らず、

        あらゆる場合に自分たちがどう対応したらいいのか、

        或いは地域はどう対応したらいいのか、

        日本という国はどうしたらいいのか、

        そのことを国民みんなが、

        日本人みんながもう一度考える時代にきているのではないでしょうか。

         

        そういう点で、今朝、私は一つのキーワードを思いつきました。

         

        この前からお話しているのですが、

        日本は瑞穂の国で稲が主作物です。

         

        そして、食の方では、

        ご飯を中心にして日本の食文化は成り立ってきました。

         

        そこにもご飯を主食とする日本の特徴があります。

         

        主作物と主食、共に重なっているのは「主」という言葉です。

         

        私たちは11人が家族のことを考えてみますと、

        日本人は「主人」という言葉がありましたし、

        「主婦」と言う言葉もありました。

         

        今、引き籠もり家族になったりする中で、

        家族の責任者不在というようなことが実はあるのではないでしょうか。

         

        女性の方が強い家庭が結構多いようですが、

        「主人」という言葉は死語になったのでしょうか。

         

        「主婦」という言葉があることも日本の大事な点ですが、

        家族の中における「主」、

        或いは、11人がいかに自立し、

        自分というものは主人たり得るのか、

        まわりを見て暮らしたり、

        評判や何かを気にするのではなくて、

        自分は1人で生きて1人で死んでいく、

        そこに腹をすえた日本人の主体性と言いますか、

        「主」と言うものが、

        人間の社会の中でも言われないといけないと思いますし、

        価値観の点でも、

        「主」ということがそこに欠けているのではないでしょうか。

         

        昔から日本がそうだったわけではありません。

        なんとなく主君にお仕えしたり、

        武家社会から現代に至るまで、

        お上を仰ぐような形の中で、

        実勢が失われてきた歴史もありますが、

        今こそ日本人は自らの「主」として、

        主作物と主食、そして家族としての「主」、

        自主ということをちゃんとして3つを統合すると、

        日本人をまとめて一言で言うと

        「主」ということではないかと思います。

         

        「主」をキーワードに、

        日本人であることをもう一度考えてみてはいかがでしょうか。

         

         

        JUGEMテーマ:時事ニュース

         

        | 伊予次郎 | ニュース | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
        聞き飽きた再発防止‐その場凌ぎを辞め、根源を明らかに
        0

           

          日本では今毎日のようにいろいろな事件が起きています。

          JUGEMテーマ:国際社会

          森加計を始め、スキャンダルと幼児の虐待のような事件が続いていて

          日常化しました。いじめはもちろんです。

           

          でもそういった事件が起きるたびに日本の社会はそれにどう対応して

          いるのでしょうか。

           

          私はそこに大きな問題があると思います。というのはその対策という

          のはいつもその場凌ぎなんです。

           

          問題の核心に迫るようなことは何もしない、そしてその根源に原因が

          何であるかということを突き止めないで、事件ですと加害者の問題や

          その罰則の強化、そういったことで終わりますし、再発防止という形

          でいつも片付けられてしまう、だから再発防止がいつも叫ばれるのに

          事件はいつもまでたっても続いています。

           

          なぜかと言うことを考える社会でなければいけないのではないでしょ

          うか。

           

          問題はその根源です。根源は何かと言うと、私はこの社会をリードし

          て統治し、動かしている社会のシステムというか、それが機能不全に

          陥っているのではないかと思います。

           

          具体的に言いますと法律を守る

          ことが盛んに強調されますが、法律を作る立法府にしても、それを動

          かす行政府にしても司法にしてもみんな制度疲労を起こしているので

          はないでしょうか。

           

          森加計事件森友事件の、大阪の警察庁の不起訴にしてしまったこと、

          国民を大きくがっかりさせました。

           

          いろんなことがたくさん対策が取られましたが、結局根源が突き止め

          られないまま今に至っています。

          こういった国の統治機能をどうやって正常に戻すたらいいのか、その

          ことを、今日は一緒に考えてみたいと思います。

           

          これは内政だけではありません。

          外政についても日本の外交がアメリカの対米日米基軸という日米同盟と

          いう形で全てがそこで基軸となって動くようになっています。

           

          だが、今度の米朝和平会議で、日本の置かれた立場が、置き去りと

          はしごがはずされるとか色々問われるようになりました。

          だけどまだ、国の外交に合う人達やメディアもそこの日本の置かれた

          社会のことを見つめようという気持ちが十分にあるとは言えません。

           

          まだそこから抜け切れてないというのが現実ではないでしょうか。だが、

          時代は大きく変わりつつあります。その変わり方はこの半年足らずを見

          ても間違いなく言えると思います。

           

          そして私たちが今そういう中で自立心を失っていることがどんなに問題

          なのかを私たちは自覚しなければなりません。

           

          やはり自ら人ごとでいうと日本人が自分たちの個性を取り戻すこと、日

          本人とは何かを考える事、そのためには、日本の根源にある農業や生活

          の問題、食の在り方その基本を日本人らしくもう一度見つめ直して日本

          人らしい価値観、考え方を自分らしく身につけることが大切なのではな

          いでしょうか。

           

           

           

           

          | 伊予次郎 | 気になる話題 | 12:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
          米朝会談が開く人類の未来と日本の今後
          0

             

            昨日、シンガポールに北朝鮮の金正恩委員長と、

            夜にはトランプ大統領がG7から途中退場して到着しています。

             

            今日は予備会談をして、明日はいよいよ本番を迎えます。

             

            世界が注目していますが、その先どうなるか、

            みんな固唾を呑んで見ていることは間違いありませんが、

            ネットでこういう見方もあるのかという情報を読み、

            私たち日本の置かれている立場をもう一度考え直してみたいと思います。

             

            それは何かというと、明日の会談でおそらく考えられるのは、

            今休戦をしているものを、平和条約を結ぶかどうかはともかくとして、

            いわゆる終結宣言をして、

            国と国、或いは国連としての戦乱を終わらせるということは、

            まず間違いなくなされるだろうと思っています。

             

            いわゆる問題とされている核についても、

            朝鮮半島を含めての非核化ということで、

            一定の枠組みが作られる、

            そういうことで終わるのではないかと予想されています。

             

            そこまではみんな想定しているのですが、そこで重要なことは、

            こういった平和協定で後に何が来るかということです。

             

            朝鮮半島の非核化が進むということは、

            おそらく在韓米軍の撤廃ということが予想されています。

             

            同じく日本に駐留する米軍が日本から撤退すると言うことも

            夢ではなさそうです。

             

            こういう動きは単に米朝だけの問題ではなく、

            ヨーロッパや中国、ロシア、中東を含めて、世界中が、

            従来のグローバルな時代というものが転換期に来ていることを

            今度の会談は象徴していると思います。

             

            同じ事は、第二次大戦が終わった頃のニクソンの訪中、

            レーガンの冷戦の終結、

            そういった区切り区切りに共和党の大統領が

            そういう役割を果たしています。

             

            今度の問題もそういった新しい時代の幕開けという意味を

            もっていると思います。

             

            今、日本人は沖縄の問題で色々なことを抱えたり、

            自衛隊は迎撃ミサイルを飛ばすとかいう予算を組んだりしていますが、

            米軍が日本から撤退したときにどうなるかを考えている日本人は

            あまりいないのではないでしょうか。

             

            そういうことも考えて、

            日本自身がこれからの時代をどう生きていくのか、

            そのことを、周りを気にするよりも日本自身がどうなのか、

            それを考える時代に入っていると思います。

             

            中でも、国内で色々な問題がモリカケにしろ、たくさんありますが、

            このようなスキャンダルも、根源にはこういった日本人が周りを見、

            人を頼りにして生きていくような長い歴史があって、

            それが今日の日本を不幸にしているのではないでしょうか。

             

            原因を考えて新しい道をどう作るか、

            これからが日本人の正念場だと思います。

             

            それができないときは日本民族は将来は少数民族になって、

            民族そのものの存在が消えるのではないでしょうか。

             

            もう一つ大事なことを付け加えます。

             

            こういった歴史の流れはなぜ起きたか、です。

             

            それは、一つは、ニクソンショックに始まった基軸通貨であるドルが、

            金との交換を停止したこと、いわゆる変動相場制に入って、

            それから石油ショックがありましたし、色々な問題が起きています。

             

            この前のG7でもアメリカだけが孤立しているように見えて、

            自由貿易が礼賛されていましたが、問題のそこにあるのは、

            アメリカが基軸通貨国であるということです。

             

            それを垂れ流して、今のような問題が起きて、

            それを是正しようという動きが、

            トランプさんの言っている関税の色々な取引の持ちかけになっているのです。

             

            しかし、問題の核心は基軸通貨であるドルをどうするか、そこに問題の核心があると思います。

            JUGEMテーマ:政治

            | 伊予次郎 | ニュース | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
            日本(人)の個性を原点から −瑞穂の国、水田稲作と和食の技法開発で進化を
            0

              JUGEMテーマ:健康

               

              瑞穂の国ー日本独自の稲作農耕文化が、ご飯と言う主食を軸とした食事様式を生み出した。

               

              農と食、稲作と和食は、表裏なのである。

              それは、米作りとご飯を中心に発展してきた。

              和食の歴史は、同時に稲作を軸とした農業の歴史なのである。

               

              だが阿蘇の野焼きが農業文化遺産、和食が文化遺産に。

              日本の農業技術や、和食が海外でも注目されている。

              その一方、日本人で、朝ご飯を食べている人は三分の一、

              そのうち半分はパン食である。日本らしい、和食の朝ご飯を食べている人は精々その半分。

               

              和食とは何か?日本人は、出汁(ダシ)が一番、おせち料理が日本の文化とされ、

              また和食の本質は、一汁三菜とも言われている。中でも重要なのは、

              ご飯が主食だと言うことが、ごく当たり前のようで、実は脱け落ちているのではないだろうか。

               

              米を主食ーご飯を軸に、色々の食材を合わせるのが和食なのである。

               

              また、西欧の料理を油料理とすると、日本の料理は、水の料理ー蒸す,煮る、和える,

              焼くなど、素材の味を活かしている。それは、日本の風土との関係から、

              四季の暑さ寒さなどに対応する、淡泊な調理法である。

               

              さらに、食事様式ー食べ方も、お箸を使って、ご飯とおかずを交互に食べ、

              栄養バランスをとる。そして一日三食。平安末期までは二食で、間食的な存在の昼食は、

              軽くて良く、こだわらなくて良い。朝晩と日常の食事が和食の基軸なのだ。

              日本、日本人に独自な個性とは何か。

              それは、瑞穂の国の水利用を軸にした稲作農耕と、

              ご飯を主食とする和食の生活文化である。

               

              これを大切にし、その中で新しい時代、

              21世紀の稲作農耕と和食の技法を開発し進化を図らねばならない。

               

              その一つは、水田灌漑の用排水路ー水利体系の保全と技術開発である。

               

              鳥獣害が日常化した森林の荒廃と限界集落化が進む中山間地農業衰退の下で、

              溜め池や水路の荒廃と埋め立てが進んでいる。

               

              古代文明は、ナイルやチグリス・ユーフラチスの洪水で、

              上流の森林養分がもたらした肥沃な国土に開化したが、

              森林の荒廃により消滅した。技術文明によるダムや堤防など、

              近代水利システムも、旧ソ連の自然改造計画の失敗を始め、同じ課題を抱えている。

               

              日本の農業と地域経済の再生にも、灌漑水利体系と森林資源の活用が結合した技術開発が不可欠である。

               

              また林間放牧など、鳥獣害を打開する森林利用のイノベーションが決め手となる。

               

              その二つは、米を主食とする和食と言う日本の食文化を、

              原点から再構築する課題である。日本文化は、渡来文化を受容し、

              独自なものとして形成されてきた。上述した戦後日本食文化の崩壊は、

              その独自な個性が見失われているからではないだろうか。

               

              戦前は、脱亜入欧で和洋折衷が進み、戦後は米国依存の市場開放で、

              食の洋風化や「日本型食生活」が唱えられた。

               

              農林水産物の輸入依存は、食糧自給率を引き下げただけではない。

               

              マーケットインで売れ筋追求、プロダクトアウトで差別化が進み、

              冷凍・加工食品や惣菜依存と中食。そして過労死職場と「日本死ね」のパート主婦、

              イジメ教育が常態化している。

               

              農業の衰退は、後継者不在で限界集落を生み出し、

              少子化高齢化と人口減少の根源となった。

               

              そこには、戦後の民法改正も関わって、直系単婚の日本のイエ家族・ムラ共同体の衰退がある。

               

              一方で食文化の崩壊は、家族・共同体と共に企業や国家を含め、

              引き籠もり・その場凌ぎの歪んだ社会をもたらし、スキャンダルや事件が続き、

              価値規範を喪失させている。

               

              トランプ時代に入り、世界の随所で民族の独自性が求められているのに、

              日本が引き籠もり・その場凌ぎから脱けられないのは、農と食の崩壊に根源があるのである。

               

              農業の再生に、灌漑水利体系と森林資源の活用が結合した技術開発、

              林間放牧など、森林利用のイノベーションを挙げた。

               

              食の再生の決め手は何か。それは、売れ筋追求、と差別化を超えて、

              日本(人)独自の生活モデル、食文化を再構築する農産物の生産・加工・販売・消費の技術開発と

              仕組みの変革を提示することではないだろうか。

               

              その三つは、農と食を支え地域内で循環する、

              「カベ」の構築である。ここで言う地域とは、流域圏とその連合で、

              その自治体は域外からの移入産品に、同じ域内産品と均衡するよう圏境課税し、それを域内住民に減税する。

               

              これを可能にするのは、3割自治と呼ばれ、

              廃藩置県で国家行政の下請け化した自治体の自立、首長を地域住民の手に取り戻すことである。

               

              「エヒメ農談会」は、その技術開発センターを近く松山市に設立する。

               

              地域政党「自立の党」も、早期の設立を急がねばならない。

              | 伊予次郎 | ライフスタイル | 11:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
              映画「終わった人」ー第2の人生を農業と地域経済・社会の再生に
              0

                 

                今日は、最近話題になっている『終わった人』と題する

                舘ひろし主演の映画のことから、

                日本人の今の社会でこれから定年後の人たちの生き方の問題を

                お話したいと思います。

                 

                ご承知のように、日本の職場は過労死職場と言われるように、

                働く男の人、女の人含めて、大変な厳しい職場です。

                 

                定年になってホッとしてそれから後の人生をどう生きるか、

                男の人もまたそのまわりの人達も一番大事な人生の区切りのときだと

                思います。

                 

                戦後、最近の日本の社会は、男だけではなくて女も働かないと、

                教育費やその他で厳しい家計を支えることができなくなっています。

                 

                そういう中で定年を迎えた男の人がこれからどうするかということは、

                まだ日本の社会では必ずしも道が開かれていないのではないでしょうか。

                 

                映画にもありますように、

                趣味や他にもできることがあるかもしれませんが、

                2の人生にはならないと思います。

                 

                では、第2の人生にはどんな生き方があるのか、

                私は、最近、『世界』という雑誌に寺島さんが書かれた

                この問題についての答えを読みました。

                 

                稼ぐ時代から、本当の自分の人生を生きる時代に転換する、

                その区切りではないかという位置づけです。

                 

                それは、地域や日本の社会のために第2の人生を本当に自分の人生、

                稼ぐ人生から新しい社会のために自分の本当にやりたいことをやる、

                まさに第2のというよりも本来の自分の生き方が見つけ出せる、

                そういう時代、具体的には地域の農業や地域の経済のために

                自分は何ができるか、

                或いは社会のために何ができるか、

                自分の本当にやりたいことをそこで活かせるか、

                私たちの地域の住民が考えるべき時代ではないでしょうか。

                 

                雇用の問題が非常に厳しく、働く人が求められている時代です。

                 

                この人たちが社会に活かされた働き方、

                2の働き方を見いだせるかどうかは、

                今の雇用問題の打開の上でも非常に大事なことだと思います。

                 

                もちろん、過労死職場を変えて、生きがいのある働きの場にすることも

                併せて必要なことは言うまでもありません。

                 

                農談会は、そういうためにつくられた、地域を元気にする場所です。

                ぜひ第2の人生を農談会に参加していただけたらありがたいと思います。

                 

                JUGEMテーマ:気になったニュース

                 

                | 伊予次郎 | ニュース | 14:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
                正義を求める心−関学連の大岡裁き
                0

                   

                  モリカケをはじめ、日本の社会のスキャンダルがたくさん溢れている中で、

                  アメリカンフットボールの日大の事件の問題を取り上げたいと思います。

                   

                  例の監督やコーチによる「潰す」という事件が、

                  スポーツ界でまたもこんな事件が起きたのかと、

                  スポーツそのものも問われているようですが、

                  関学連の方がこれに対して出した答えは、

                  非常に見事なものだったと思います。

                   

                  悪は悪として裁き、そして、

                  若い選手やスポーツの将来も考えた非常に適切な判断がくだされて、

                  このことは暗い日本の社会の中で明るい一つのニュースだったと評価します。

                   

                  特に特定の誰かではなくて、

                  関わりのある人達の合意で事実に基づいて答えが出された、

                  そのことは、一つの暗い中で非常に限られた明るいニュースだったのでは

                  ないでしょうか。

                   

                  これがスポーツだけではなくて、

                  日本の今の暗い時代をどう明るくするか、

                  国民みんなで考えるべきときが来ていると思います。

                   

                  時代は大きく変わりつつあります。

                  ひきこもったり、

                  その場しのぎでいる日本には時間はあまりないのではないでしょうか。

                   

                  米朝会談もどんどん進んで、

                  あとわずかで歴史の大きな転換期を迎えると思います。

                   

                  日本が関学連を手本にして、

                  みんながどうやって日本らしさをもう一度復活させるか、再生させるか・・・

                  キーワードは「日本、日本人とは何か」を国民が今みんな考える事で、

                  関学連は一つにいい事例を作ってくれたと思います。

                   

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                  | 伊予次郎 | ニュース | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
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