風土と暮らし、信頼と契約の社会


 日本は本来、仕事(商売)や暮らしが、家族や地域の信頼で成り立っている社会だった。それに対して欧米は、一神教(正義)と契約の社会だ。


 ところが戦後の日本では、信頼と契約が背反しながら併存している。インターネットで会員登録するときも「同意する」ボタンを何度も要求される。子どもを修学旅行や部活の遠征に参加させるにも同意書が必要だ。


 何か起こったときの保証に備えてであろうが、契約内容をしっかり読んでいるか疑わしい。何も起こらないだろう、契約者に不利益なことは無いはずと信頼しているのかも知れない。


 ユーロの財政金融危機は、国々の個性が活かされない、一律の経済統合に問題があった。風土と暮らしの在り方(自然とのつきあい方)は、その地域の人が一番よく知っている。地域それぞれの特色を活かし、その上に欧州が結ばれる関係が必要だ。


 日本は、欧米主導世界の変化、敗戦以来の時代の潮目に鈍感で、思考停止に陥っているようだが、敏感に動き出している日本人もいる。ライフスタイル、仕事や暮らしの在り方を見直し、本来の生活文化を活かした再構築ができないものだろうか。


 温故知新を忘れてはならない。

at 11:34, 伊予次郎, ライフスタイル

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生活第一とは何か?


 NTTは、クラウド事業を軸にした海外戦略を打ち出す一方で、国内ではスマホ向け放送や地域医療の連携など、今までとは違った方法で顧客を獲得する方針を示した。NECは、環境・クラウドを軸に、顧客の要望を素早く研究者に伝え、実際の製品に反映する仕組みを目指している。

 

 企業が新しい商品を開発する時に、最重要視するポイントは一体何だろう。まず、考えられるのは顧客のニーズをつかんだ商品であるか。そして、それが収益につながるかということだろう。

 

 顧客のニーズとは何なのか。あまりにも、利便と効率ばかりが優先され過ぎ、それによって大切な何かが置き去りにされてはいないだろうか。

 

 消費者は、新しい商品を取り入れることで、自分の生活がどう変化するかということを、考える人は少ない。生活第一と言うが、ただ便利になり、楽になった。で終わってしまっては、生活に人間らしい充実感がなくなってしまう。そして、これからも利便と効率のみを優先する商品開発が繰り返される。

 

 そうではなく、人々が今どのような生活環境にあるのかを本当に理解し、ニーズを察知できているだろうか。また利便と効率だけを追い求めると、仕事と暮らしが空洞化し、自然を破壊してはいないだろうか。

 

 引っ越しをするとよくわかるが、家の中に不要なものがどれだけあることか。誰もが経験したことがあるはずだ。いらないものを増やす使い捨てではなく、本当に必要なものだけを組み込んだ、生活モデルの構築が求められる。

 

 その上で、自然と融合でき、生活の見直しにつながる商品開発が必要ではないだろうか。 

 

 

at 12:42, 伊予次郎, 気になる話題

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クラゲと現場力

  山形県の加茂水族館は、クラゲの展示種類が世界一多いことで有名だが、一時は閉館寸前にまで追い込まれていた。それが、偶然見つけたクラゲがきっかけで、どん底の経営が救われたという。


 珊瑚から出てきたクラゲを偶然見つけたのは、現場の人であり、この発見がなければ、今の水族館はなかったのである。クラゲとの出会いは、偶然といえても、その飼育は容易ではなかったようだ。


 試行錯誤を繰り返し、現場の人たちの知恵と努力で、ここまでやってきた。
現場の人の知恵が、生かされたことが成功につながっている。


 遠藤功さんは、自身のサイト「現場千本ノック」で、これこそが日本の誇る「現場力」だと言う。「現場力」とは、現場に相応の裁量権が与えられ、それなりの自由度があってこそ生まれるものである。現場の自発性や自律性は、管理組織からはけっして生まれてこない。と述べている。


 上から管理された現場は、新しい発想が生まれても、実行できるまでに時間がかかりすぎる。どんな現場にも発見や気づきがあるはずだが、それが生かされないなら、現場の人は何も考えなくなる。指示された目の前の仕事を、ただこなすだけならロボットでもよい。


 人として尊重されることが、一人一人の働く意欲となり、会社の雰囲気も明るくなる。上からの指示でしか動けない所轄の刑事が「事件は現場で起きている。」と叫ぶ警察官僚のドラマがあった。


 組織が大きいほど、現場の声は届かない。国も同じで、地域から元気に!と言っていても、全ての裁量が国の管理下では、地域から新しい発想は生まれない。地域に裁量権が与えられ、地元の人たちが自由に知恵を出し合えば、そのことが人々の生きる意欲につながるのではないだろうか。

 

at 10:13, 伊予次郎, -

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大局観

JUGEMテーマ:政治
 

 日中国交正常化40周年記念シンポジウムに参加し、程永華大使の講演「中国の発展と日中関係」を聴いた。


 そこで、日中の架け橋となる活躍をした、郭沫若(かくまつじゃく、文学者・歴史学者・政治家)の言葉を引用し、日本と中国は2000年の友好交流があり、干戈(かんか、戦争)の不幸な歴史は50年に過ぎない。


 また隣国は、引っ越しができない。お互いに仲良くするしかない。実務面で具体的に協力し、貿易も民間交流も進めましょう。いろいろと過敏な問題は、対話で解決しましょう。と述べられた。


 程永華大使は外務官僚であるが、話はしっかりした筋が通っていて、大国の国柄、懐の深さを感じる。


 それに比べ日本の外務官僚、政治家の多くは、国益論ばかりで警戒心を高めることばかり、その場凌ぎで、あたふたしているように感じ、頼りない。


 中国の対応は、北朝鮮問題においても共通していて、外国の意見に左右されない、隣国として友好互恵関係を保つという軸をしっかり持っている。


 日本人は政界人、マスコミを含め、中国から大局観を学んで欲しい。

at 11:18, 伊予次郎, 気になる話題

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無免許少年の暴走事故から何が

 



 また、痛ましい車の事故が起こった。これからの子供達、妊婦が犠牲になった。文科相は、通学路の安全を再点検すると言うなど、様々な報道がされている。だが、この事故には、今の車社会を始め生活スタイルそのものに問題があるのではなかろうか。
 

 そして、少年だけではない。育てた親も大人に成り切れていない。成人も飲酒運転を繰り返し、高齢者も危険認識が懸念されながら、どこで免許を返すのか問われている。

 
 その土台には、家族の崩壊があるのではないか。個人の楽しみを追求し、束縛や繋がりを避ける世の中で、3世代家族が減り核家族が増えた。世代を超えて暮らしの知恵が継承されなくなっている。こうして思考の貧困、社会の劣化が進んでいるのだ。
 

 今回の事件の背景には、原発事故と同じく、これまで疑いを持たなかった利便と効率の追求が見えて来る。また、それを担う分断された社会があるのではないだろうか。


 これには遠回りかもしれないが、生活文化の見直しと、家族と地域社会の再構築が、真の解決策だ。

at 09:40, 伊予次郎, 気になる話題

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熊牧場と原発事故

 

 秋田の熊牧場事故で、従業員の女性二人が亡くなった。
これから原因を解明すると言うが、ヒグマが安全境界壁の吹き溜まり雪を登って逃げ出したようである。

 そして従業員の男性は、これまで除雪したことは無かったと語っている。屋根無しの牧場が、雪国東北に、何故作られたのだろうか。

 再稼働が浮上し、原発事故でも、原因の検証、責任の曖昧、エネルギー転換の道筋が問われている。

 だが、ストレステストや政府が示した安全基準も、再稼働の口実に過ぎない。安全神話は崩壊したのに、またも安全が語られ、同じ過ちを繰り返そうとしている。

 国民は3.11.事故で、使用済み核燃料プールが原子炉格納容器と直結し、稼働中の1〜3号機と停止中の4〜6号機のうち、1〜4号機が被災した。

だが再稼働では、使用済み核燃料プールの設置場所は不問の儘、複数機の再稼働が浮上している。

 雪国東北の屋根無し熊牧場と、災害列島に54(50)機の原発、想定の内外、神話か科学かではない。失われた20年で、人間の思考回路が歪んでいるのではないだろうか。

 フクシマで、国民は原子力ムラの存在を知った。

 東電新会長は決まったがワンポイント・リリーフで、再稼働を要請する財界からの就任は無かった。火中の栗を拾う人が無いのに加え、そこには企業社会の劣化がある。

 菅・野田政権は、消費増税やTPPで自公時代に逆戻りし、原発震災でも事故の収束、除染、放射能不安、瓦礫処理、賠償、風評被害など復興が遅れている。

 そして消費増税を最優先に、原発再稼働を浮上させ、TPPに踏み込もうとしている。

 日本の北朝鮮対応、石原都知事の尖閣発言は、アジア外交の閉塞感を際だたせた。

 こうした内外の課題は、財政の辻褄合わせやグローバル市場への傾斜、公共投資と社会福祉の選択ではない。

 自然と人間の復権、生活第一・地域主権・互恵外交が、国のかたちを変えるキーワードではないだろうか。

at 11:20, 伊予次郎, 気になる話題

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ライフログ

 



 「ライフログ」という聞き慣れない言葉を耳にした。聞くと、自分の生活を記録したデータのことのようだ。たとえば、食事したものや読んだ本、アイデア、睡眠時間などを記録することである。ただ記録することで、そこに何が残るのか。デジタルなツールは、便利さが優先され膨大な量のデータから何か得るものはあるのだろうか。


 アンテナを張って、常に新しいものを取り入れるのは、いいことであるが、ものまねだけしていても、それは自分を成長させることには繋がらない。日々の生活から学ぶことは多々あり、どんな小さな事でも新しい発見があれば、人は成長できる。いくつになっても新しい発見はあるはずだが、大人になるほど見つけにくい。


 ただ、手書きバージョンもあるらしい。書くと言うことは想像以上に難しいことであり、パソコンや携帯が普及した今、手書きすることは少なくなった。書くことで頭が整理されることは多々あり、それは思考を育て自分を磨くことにも繋がる。大事なことは、行動を記録することで、その時々に感じた思考を記録することではないだろうか。


 国も同じで日本にも、他国から様々な文化が入ってきているが、ただまねるだけでは、日本という国の良さをなくすことになってしまう。他国の良さを取り入れつつも、日本らしさを失っては国のかたちが成り立たない。和服の良さ、和食の良さ、畳の良さ、日本にしかない良さを知った上で、自分が何を取り入れるかは自由であり、取り入れ方の問題である。


 フェイスブックなど、他人と共有できるものは、内容も共感を呼ぶ表現方法かもしれないが、ライフログは、ただ記録していくことから、自己探求という目的もある気がする。書くと言うことの大切さを見直し、そこから自分を知ることで、進むべき道は見つけやすくなるだろう。

at 10:51, 伊予次郎, 気になる話題

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2011年の人口推計発表

 


 総務省が発表した人口推計は、少子高齢化を浮き彫りにした。この問題は、1975年の石油ショックが転換期となっている。


 経済が発展し、家計所得が安定しないと人口は増えない。これは考えてみれば当たり前のことだ。先行き不透明な経済状況では、結婚・出産に前向きになれないだろう。


 人口減少を食い止めるために、政府は子ども手当など少子化対策や新成長戦略を掲げているが、肩車の話に道は開けない。高齢化よりも出生数の増加が一番の解決策だ。


 結婚適齢期はどんどん高くなっていると言われているが、生物として出産に適した年齢は、それほど変わるものではない。


 そして女性が働きながら、結婚・出産を実現できる環境は整っているとは言えない。子育て世代の女性の起業がテレビで紹介されているのを見たが、このような子育てと起業が両立するモデルを広めていけないものか。


 それには、現在の利便と効率、機能性追求の商品開発を、衣食住の原点に立ち返って、生活モデルを考えるものに切り替え、少子化に歯止めを掛ける必要がある。

 

at 12:10, 伊予次郎, 気になる話題

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京都・滋賀知事の共同提言

JUGEMテーマ:原発
 



原発や増税などの問題になると、賛成か反対かに二分され、
署名やデモが行われてきた。

デモの圧力で、政府が譲歩し要望を組みいれることもあるだろう。
だが、それだけで本当に解決しただろうか。

政治の上で、国会議員の多くが支持されないのは、
具体的な解決策を出していないからだ。

こうしたら日本は良くなるという提案をしないと、
努力していても結果を出すことが出来ない。

国会で、人の揚げ足をとって批判ばかりしていても
何も良くならない。


京都・滋賀知事の共同提言は、政府の原発政策について
提案している。

そこには、福島第1原発事故の原因究明や恒久的な安全対策の実施、中長期的なエネルギー政策、事故発生を前提とした危機管理体制の構築などが含まれるようだ。

私たちも、技術文明や利便と効率にどっぷり
つかっている生活から、一歩ずつ脱け出し、
目の前のことを解決しなくては未来が開けない。

 

at 12:22, 伊予次郎, 原発

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原発再稼働問題と生活スタイル

JUGEMテーマ:原発
 



 原発再稼働が議論されているが、昨年の夏から今年の冬にかけて停電することもなく生活はできている。再稼働しなければ停電するとか経済活動が失速するとか言われても、オオカミ少年のように信憑性は定かではない。


 多くの国民が疑問を持っているのに、原発の再稼働にどうしてこだわるのか。それは、原発事故の責任を取ることなく、従来の思考方法を切り替えられないことに原因がある。


 さらに、稼働しようが停止していようが、同じ敷地内に複数の原子炉が作られ同時に稼働し、使用済み核燃料を原子炉のすぐ側に保管しているのでは、地震や津波の危険性は残ったままである。


 政治家も一般国民も思考や生活スタイルを変えることは難しい。節電で乗り切ったこの1年の生活は、これを見直すきっかけになった人が多いだろう。しかし、元通りの生活スタイルに戻り始めている。


 この機会に、生活第一のビジネスモデルとして、商品開発に日本本来の衣食住スタイルを取り入れてみてはどうだろうか。

at 11:45, 伊予次郎, 原発

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